大判例

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釧路地方裁判所 昭和27年(つ)167号 判決

本籍 神奈川県横浜市西区東久保町一番地

住居 釧路市鳥取町十番地 吉田方

職業不詳

島村勝

大正十四年六月二日生

本籍 北海道紋別郡遠軽町字中社名淵五番地

住居 釧路市鳥取町十番地 吉田方

職業不詳

高島勤次郎

大正十五年四月二十一日生

右被告人両名に対する破壊活動防止法違反被告事件に付、当裁判所は検察官今関義雄、同奥田繁、同稲垣久一郎各出席の上審理をとげ、次のとおり判決する。

主文

被告人両名は無罪

理由

本件公訴事実は、被告人両名は共謀の上、内乱を実行させる目的を以て、昭和二十七年九月二十日午後二時五十分頃より同日午後三時十分頃までの間、北海道釧路国白糠郡白糠町字庶路明治鉱業株式会社庶路鉱業所構内機関庫横踏切附近において、同鉱業所鉱員吉田忠太郎等約二十名に対し、「総選挙に際し日本国民に告ぐ、自由日本放送」と題し、

「一、総選挙は始まつている。我祖国を公然とアメリカに売り渡してから一年が経つている。去る九月七日不法にもサンフランシスコに於てアメリカ帝国主義者と吉田一味はアジヤを戦火にたたき込み、我国民を肉弾にし我国を火薬庫にしたてようとする両条約を結んだ。この両条約が結ばれてから半年経つた二月末行政協定がおしつけられ、この条約が戦争の条約であり、民族の身売証文であり、すべての苦しみをもたらすものであることを暴露した。彼等は国民の急速なめざめにより、あわてふためき、軍隊と警察を増強し、弾圧と脅迫により国民をおさえつけようとした。かの破防法に対し労働者階級は五度のストをもつて愛国の斗いに起ち上つた。平和と独立えの斗いをつぶすことは出来ない彼等は考え違いをしている。彼等が弾圧を強化すればするほど、支配者はヒツトラー、東条の墓場へと急ぐだけである。アメリカ帝国主義者と吉田政府は深刻な動揺と孤立に突き落されている。

五月一日のメーデーは吉田の運命を決した。吉田が国民の支持を失つたということはアメリカにとり痛手である。再軍備は一層困難になり、支配そのものが国民大衆の攻撃で崩壊する危険に落ち入つたのである。そこで吉田は自由党に対する国民の「ミャク」があるうちに総選挙を行い出なおす外に道がなくなつたのである。しかし吉田を日本民族の代表者として再び頭に載くことは出来ない。その代りとしてアメリカは鳩山、石橋、重光、芦田、右派社会党でもつて再軍備内閣を作らせようとしているが、これも許すことは出来ない。広範な大衆行動により、国民の手で吉田自由党打倒のための自由且つ公正な総選挙を勝ち取るために斗わなければならない。今日ことを決するのは勇敢な行動と鉄の団結である。選挙や国会でいつたい何が出来るのか、一票を投じてみたところで現在の重労働低賃金がすぐなくなる訳でもあるまい。坪三銭で取上げられた先祖代々の土地がすぐ帰つてくるものでもない。又日中貿易にしたところで望みはないのではないか。国会はアメリカ占領軍に指一つ触れることさえ出来ないのみならずアメリカに奉仕しているではないか。このことは皆本当である。国会は日米合同委員会の下請機関である。国会はアメリカ占領軍売国両条約行政協定、そして天皇制が打ち倒されないかぎり民族抑圧の道具でしかない。

売国両条約による深刻な体験を通し、日本共産党の新綱領にもあるとおり、国会に従つていたのでは奴隷戦争の道から永久にのがれることはできない。奴隷戦の道から解放の為には身をもつて革命的行動を行うことによつてのみ救われるということを国民は学びつつある。国民に対し国会だけが斗争の場であると思い込ませてきたのは左派社会党から自由党にいたる議会主義政党である。一方では軍隊、警察と治安維持法により平和的方法では国民が国の主人になることをさせず、国会の外で行う行動を暴力だとデマついている。特に反共左派社会党はあつかましくも日本共産党の新綱領に代表される国民の要求を自分の一手販売であるかのようにいう政治的ペテン師である。これらの要求を実現させるには議会では出来ない。命がけの革命的斗争によつてのみ実現される。左派社会党は国会ではアメリカに嫌味をいつたり、拝み倒したり掛引だけしかできない。国会は売国とおしやべりの場でしかない。議会主義を乗越えつつある大衆を誤つた絶望と拒否に追いやるのは彼等国会に巣くう売国奴社会民主主義者である。国会で鎖をたち切る場であることを忘れている東京六区の選挙で労働者の棄権が多かつたのは重視されねばならない。選挙と議会を無視する態度をとつたことは重大なことである。これは日米反動の支配を援助するものである。そして国民の名における国民抑圧を許していた、行政協定を国会にも掛けなかつたことを許していた。破防法を成立させ得たのも国会で多数を占めていたことがその理由であるアメリカえの奴隷化の両条約を押つけ得たのもそれ故であつた。

二、今や総反撃するときが来た。総選挙で民族を裏切り、ソ同盟、新中国アジアに敵対する戦争を企てた売国勢力を国会から追放する責任をもつている。この抑圧機関が麻痺させられることは天皇制売国支配者共の支配が弱わめられることである。国会の多数が愛国者の側に移ることは疑いもなく彼等の力を弱める。しかし彼等は選挙法の改悪、参議院の貴族院化を狙つている。この度の総選挙は戦争か平和か、売国か愛国か、奴隷か自由かを決するものである。

労働者農民諸君。国会の無視や棄権という社会民主主義者の落穴に気をつけよ。

中核自衛隊、抵抗自衛隊、更らにバルチザンの諸君。大衆が公正な選挙を勝ち取るよう国民の自由を守り且つ拡大するよう奮斗せよ。

労働者は秋の賃上げに起ち上つている。農民は土地取り上げに反対し斗つており、やがて取り入れる米の価格引上を望み、市民は物価と重税の引下を求めている。又対中ソ貿易は民族資本をも含めたすべての階層の叫びとなつている。

再軍備徴兵に反対し斗つている青年を中心にアジア太平洋地域平和会議えの参加が津波のように高まつている。これを抑えている吉田とアメリカ帝国主義者に向つて行動を統一し、労働者、農民を中心に固く団結して斗かおう。日常の諸要求のために斗うと共に生活を破滅に落し入れた根源に対する総攻撃をもしなければならない。行政協定、サンフランシスコ両条約の破棄、全占領軍の即時撤退を要求し全面講和を勝ち取るための政治斗争である。

総選挙に際して、自由と繁栄を目指し斗う者すべての解放的、進歩的勢力は統一せよ。統一を妨げる愛労右派社会党ならびに左派社会党を粉砕せよ。左右両社会党を撃破することなしに統一は不可能である。この選挙は民族解放民主統一戦線を躍進させるであろう。国会を反動支配から独立させ解放のための抵抗体とせねばならない。勿論愛国者が国会で多数を占めた場合でも反動の手中にある警察、予備隊の暴力機関がそのまま消え去るものではない。しかし暴力支配者がその民主主義の仮面をみにくく国民の前にあばかれたとき大衆は奮起するであろう。

武装して斗うことのみが勝利の大道え導びくものである。そのための土台として大衆が平和と独立を目指し、数百数千万の部隊に結集し、愛国の統一を固め前進する、ここに革命的意義が存在するのである。われわれの斗争の場は職場、部落等われわれが日常生活をしている場所である統一された要求、行動で売国奴を工場、部落、町からつまみ出そう。大衆行動がすべてを決する。去る七月吉田が演習地取り上げ問題で北海道え渡ろうとしたとき、全道の炭鉱労働者を先頭に労働者、農民、市民のゼネスト、デモ、集会の圧力により吉田は津軽海峽を越えることが出来なかつた。

両条約、行政協定と真剣に斗かわない反共ペテン師両社会党を地域大衆行動により粉砕せよ。愛国者を国会え送れ。真に彼等が粉砕されるのは国会ではなく大衆の中においてである。平和を熱望する世界の大衆は民族解放、民主政府樹立のために斗う日本民族に期待を掛けている。

日本共産党徳田書記長の論文は歴史的斗争において初夏の太陽の如くその行手を照らしている。」

と記載して内乱の正当性、必要性を主張した文書約二十部を頒布したものであるというのであつて、検察官は右の行為は破壊活動防止法第三十八条第二項に該当すると主張する。

さて、破壊活動防止法の憲法上の効力については、当公判廷において弁護人が本法は基本的人権を制限するものであるから憲法に違反するものであるとして強くその違憲性を主張しているので、先ずこの点について当裁判所の判断を示すこととする。思うに人類の進歩向上は、思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由が尊重せられることによつて始めて可能であり、ここにこれらの権利が憲法上侵すことのできない基本的人権として保護される理由がある。ところで右の進歩向上は常に必ず現状の否定と破壊とを伴うものであつて、それは進歩のさけがたい宿命であるが、社会生活を中心として相互に生きる人間の行為として、歴史と時代の文化に照し、そこに自ら一定の限界がなければならない。蓋しその限界を超えた現状の否定と破壊とは、それが一度おこつたばあい、これを秩序ある状態に是正するためには、長い歳月又は莫大なはかり知れない犠牲を払わなければならないようになつて、憲法が基本的人権を認めて意図したところと全く相反することになるからである。したがつて国家社会においては、そこに自ら存在する右の限界を出づる行為は公共の福祉に反するものと考えられ、このような行為が基本的人権の濫用として制限の対象となることは蓋し当然である。日本国憲法第十二条は憲法が国民に保障する自由及び権利につき国民はこれを濫用してはならないのであつて常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うべきことを明かに定めている。かように解するときは、基本的人権が公共の福祉に反し得ないということは基本的人権それ自体に本質的に内在する制約というべきであつて、単に破壊活動防止法が基本的人権を制限するものであることを理由に憲法違反であるということは正当でない。然しながら破壊活動防止法第三十八条第二項第二号の罪は後述の如く、大衆の意識の裡に内乱の実行を正当視し、又は必要視する意識的基盤を形成するために、内乱の正当性又は必要性を主張した文書を印刷、頒布、掲示することを実体とするものであり、且つその犯罪行為の性質は宣伝罪にあたるものというべきである。しかして特定文書によつて内乱の正当性又は必要性を宣伝する方法としては、直接的明示的に宣伝するばあいが通常の方法であるが、これとともに、特定の時代の現実の社会的諸条件を背景に利して、間接的暗示的に宣伝することも、その効果的な方法として考えられることは社会心理学上一般に承認されるところである。したがつて、かりに前叙のような目的に出でざる正当な政治宣伝活動と雖も、当時の現実の社会的諸条件の如何によつては、これら諸条件を巧妙に利用した内乱の正当性必要性の間接的暗示的な主張宣伝とみられるおそれのあることは容易に承認しうるところといわねばならない。而して宣伝には常に大なり小なり誇張の伴うことのあることを思えば尚更のことといわなければならない。したがつて、このようなばあいに、かりに行為者において正当な目的を有し前叙の如き内乱に関連するような不法な目的を有していなかつたとしても、その内心は一応外形によつて推測されるにすぎないから、正論をなす者と雖も、ややもすれば処罰の対象とされる重大な危険にさらされる恐れがあるといわなければならない。言論の自由は一切の暴力と専制主義の支配を排除し、民主主義の健全な発展を培う本質的要件である。したがつて言論の自由はたとい多少の行過があると認められても、これを刑罰法規によつて制限することは慎重に考慮しなければならないところであつて、これを制限するには社会公共の安全福祉に対し、明白且つ現在の危険の生じている時に限定すべきものであつて、かりに将来において社会公共の安全福祉の害される可能性が論理的に肯定しうるというが如き程度ではこれを制限することはできないものと解すべきである。なんとなれば右の如く明白且つ現在の危険の存するばあいに限ることは、それ自体当然日本国憲法前文に明かな民主政治の根幹をなす思想や言論の自由に関する国民の基本的人権を尊重する考え方と密接不可分表裏一体の関係があり、かく解することが破壊活動防止法第二条及び第三条の法意に合致するからである。而して同法第三十八条第二項第二号の内容は、前叙のように内乱の実行を正当視し又は必要視する意識を自ら民衆の脳裡に生ぜしめんがために、内乱の正当性又は必要性を主張した文書を印刷、頒布、掲示する行為自体を処罰するにあり、而も民衆において右の文書頒布によつて現実に内乱を正当視し又は必要視する意識を生ずることを要するものでもなければ、ましてや内乱実行の決意を生ずることを要するものでもないのであるから、同条の適用に当つてはその言動が社会公共の安全福祉に対して重大な害悪を生ぜしめる明白且つ現在の危険の存する場合に限るべきことはいうまでもない。

よつて先ず本件文書の頒布の事実につき按ずるに、証人宇野実の証言によれば、昭和二十七年九月二十日頃、同人は白糠郡白糠町字庶路所在明治鉱業株式会社庶路鉱業所外勤係として右鉱業所構内第一世話所に勤務していたものであるが、同日午後三時頃右鉱業所事務所より「構内機関庫横踏切附近道路上において無断でビラをまいている」旨の急報に接し、居合わせた同僚勤務者和歌庄三郎、植原某とともに、直ちに現場に急行したところ、前示機関庫横踏切上に被告人島村が居り、同所附近右機関庫寄り路上に被告人高島が居り、右道路上を通行中の鉱員に対し、それぞれ「総選挙に際し日本国民に告ぐ、自由日本放送」と題する本件ビラを配布しているのを目撃したので、同証人等は被告人両名に対し、その中止方を申入れたところ、同人等はこれに応ぜず、とくに被告人島村はその後約三十分に亘り、本件ビラ約三百部の配布をつづけた事実が認められ、証人富田正行の証言、受命裁判官の証人吉田忠太郎、同寺坂正一同越前弘、同別所靖、同上島タケ、同館石利美に対する各尋問調書、明治鉱業株式会社庶路鉱業所外勤係長仁礼行好作成の「証明書」の各記載並に「総選挙に際し日本国民に告ぐ、自由日本放送」と題し、検察官主張の文字の記載あるビラ五部(昭和二十八年領第十四号検第一乃至五号)の各存在を綜合すると、被告人両名が本件ビラを配布していた前掲午後三時頃は恰かも前掲庶路鉱業所坑内夫一番方及び二番方の作業交代の時刻にあたり、而も前示の本件道路は坑内に通ずる所謂通勤道路であつて、出坑又は入坑する鉱員多数(一番方、二番方各約五百名)が通行中であり、前示各証人等(但し富田証人を除く)も当時一番方勤務を終えて右出坑鉱員に伍して帰宅の途についていたものであり、いずれも被告人島村より検察官主張の如き文字の記載ある本件ビラ各一部の配布をうけた事実が認められ、以上の各事実に徴するときは、被告人両名は昭和二十七年九月二十日午後三時頃約三十分に亘り前示鉱業所構内機関庫横踏切附近(鉱員通勤道路上)において、当時偶々前示鉱業所坑内夫の作業交代時刻にあたりしため、出入坑する鉱員多数が右道路上を往還していたことを利し、前示鉱員多数(少くとも二百名を下らざる多数)に対し、検察官主張の如き文字の記載ある文書の頒布をなしていた事実を窺い知ることができる。而して被告人両名の右の判示頒布行為は相互共同の意思連絡の下に行われたものであることは前掲宇野証人の証言によつて明かに窺われるところである。

而して検察官は、本件文書の記載の内容は内乱の正当性、必要性を主張しているものであり、且つ前示の如く被告人両名が本件文書の頒布をなすにあたつては、内乱を実行せしめる目的意思を有していたものであると断じているので、次にこの二点について審究しなければならない。

破壊活動防止法第三十八条第一項においては、内乱の罪を実行することの教唆又はせん動を処罰する旨を規定し、これに科するに七年以下の懲役刑を定め、同条第二項第二号においては、内乱の罪を実行させる目的を以て、その正当性必要性を主張した文書を印刷、頒布、掲示する行為を処罰する旨を規定し、これに科するに五年以下の懲役刑を定めている。しかしながら後者の法律上の性質については明文上必ずしも明かでない。思うに数唆又はせん動の手段たる必ずしも行為者の言動のみにあるを要せず、特定の文書又は図書によつてこれをなすことも当然予想されるところである。而してここに両者の所定刑の軽重あるを考えるならば、前示法条第二項第二号所定の行為は同条第一項に規定する教唆、せん動の行為よりも、その反社会性小なるものというべく、したがつて右第二号の行為は教唆又はせん動の程度にいたらざる程度の所謂宣伝行為を意味するものというべきである。而して宣伝は一般に不特定多数人を相手とし、特定の文書、図画又は言動によつてなされるものであつて、被宣伝者は直接にはその文書、図画又は言動を煤介としてのみ宣伝者の意図を推測しうるにすぎない。故にその煤介たる特定の文書、図画又は言動の内容が社会通念上、特定の思想の宣伝と認めうるや否やは、一般社会通常人の能力を基準として当該文書、図画又は言動の意味内容を客観的に解釈することによつてのみなされなければならない。又宣伝はそれが特定の時期における社会の政治的経済的事情を背景としてなされるばあいには、その前提乃至背景となつた諸々の社会的事実中一般に公知の事実とされている事実をも考え合わせた上で、その宣伝の媒介の意味内容を検討する必要のあることは蓋し当然である。

よつて次に叙上のような立場に立つて本件文書の記載内容について検討するに、本件文書中一、以下の文章を第一節とし二、以下の文章を第二節とすれば、第一節はその段落改行によつて四項に分たれ、第二節はその段落改行によつて十項に分たれるのであるが、先ず第一節を検討するにその第一項は、冒頭に「総選挙は始まつている」と前置し、次に日本をめぐる政治情勢について、「昭和二十七年九月七日サンフランシスコに於て、アメリカ帝国主義政府と吉田内閣は、米国のソ同盟、新中国及びアジヤ諸国に対する侵略戦争のために、我国民を肉弾にし、我国を火薬庫にしたてる講和条約、日米安全保障条約の両条約を締結し、その後我国は昭和二十八年二月右の日米安全保障条約に基いて米国より日米行政協定が強制されたが、これを契機として、日米反動勢力はこれらの条約、行政協定の真意義に目覚めた国民に対し弾圧の力をつよめて来た。しかし国民の抵抗は決してこれらの弾圧に屈するものではなく、逆に弾圧が強まる程、国民の抵抗は却つて強まり、その結果これら反動的支配勢力は孤立化して滅亡の一途を辿るものである」とのべ、第二項にいたり、第一項にのべたような国内情勢を背景に「一九五二年(昭和二十七年)五月一日のメーデーによつて再軍備政策を強行しようとする吉田内閣は決定的に国民の支持を失つた。ために同内閣は議会を解散し総選挙を施行するのやむなきに至つたが、今次総選挙においてこそ、国民大衆は勇敢な行動と鉄の団結で吉田内閣の存続は勿論、アメリカの第二次的に予想している鳩山一郎の率いる日本自由党、重光葵の率いる改進党や右派社会党で組織する再軍備内閣の成立も阻止しなければならない。」とのべて総選挙の重要な意義を強調している。然しながら続く第三項においては、「選挙や国会でいつたい何ができるか、一票を投じてみたところで現在の重労働、低賃金制度から解放され、戦後の農地改革で不当に廉値で買収された父祖の代からの所有地がもどつて来るわけでもなく、新中国との貿易が有望になるわけでもない。そしてこのような政治の矛盾を救済すべき本来的任務を負う国会は、もはや日米合同委員会の下請機関と墮し、従つて国会は前示の売国両条約及び日米行政協定が破棄され、そして天皇制が打倒されない限り民族抑圧の機関でしかない」とのべて、現在の国会に対し、強い懐疑と不信とを投げかけ、且つ「選挙や国会で一体何が出来るか」と言い、選挙において国民が一票を投じてみたところで決して民衆は幸福になれない旨をのべ、結局国会に対して絶望的な見解を示していることは、小泉、鍋山鑑定人の指摘するとおりである。然しながら議会に対して懐疑的、否定的な見解が直ちに暴力等の違法な実力行動の正当性又は必要性を主張するものと速断し得ないことは言うまでもない。次に第四項に至り、「前示のように国会は単なるおしやべりの場、売国の場と墮し、その本来の存在意義を喪失した今日、日本共産党の新綱領にもあるとおり国会に縋つていたのでは、民族を破滅に導くアメリカ帝国主義者の奴隷戦争の道から永久にのがれることはできない。奴隷戦争の道から解放のためには、国会外において身を以て革命的行動を行うことが必要である。現在の国会では、左派社会党から自由党にいたる所謂議会主義政党が国会のみ斗争の場であるとして民衆を欺瞞し、民衆の国会外の行動を暴力だと偽りの宣伝をしており、議会万能主義を乗りこえつつある民衆をあやまつた絶望の淵に追いやつているのが実状である。とくに左派社会党所属の社会民主主義者は、国会においては米国に阿諛迎合し、或は掛引をしたりやみを言つたりしているだけであつて、彼等に対し、圧制の鉄鎖を断ち切る斗争をしていない。そもそも社会党は国会というところは日米反動支配階級の鉄鎖を断ち切る場所であることを忘れている。」とのべ、日本の現状では、国会は日米反動の支配の鉄鎖を断ち切る場所としなければならないにも拘らず、自由党竝に社会党は却つてこれを妨げていると述べている。而して本項において見える「革命的行動」「革命的斗争」なる用語が直ちに暴力革命的行動を意味するかどうかは前後の文脈に従い文意を綜合して判断しなければならない。思うに「革命」なる用語は、終戦後の日本に於ては一般に政治上社会主義政党はいうに及ばず、社会一般人の間においても根本的な社会的変革を指称する広汎な社会革命的な用語としてひろく慣用されていることは公知の事実である。又「革命的行動」「革命的斗争」なる用語が直ちに一般に暴力的行動、暴力的斗争を意味しないことも公知の事実である。而して本件文書においては、前示内容の記載に引続き、「東京六区の選挙で労働者の棄権のあつたことは、選挙と国会を無視する態度のあらわれであり、かかる態度は日米反動勢力の支配を援助する結果に通ずるものであつて、この故にこそ売国両条約が締結され、日米行政協定が国会に諮らずに締結され、破壊活動防止法が成立せしめられたのである」とのべ、進んで「少くとも現在の日本の国内国外の情勢上選挙や国会無視の態度をとることは重大なあやまりである」とのべている。かような前後の文意と文派を綜合すれば、本項に見える「革命的行動」「革命的斗争」の用語は、暴力革命的行動を意味するものではなくて議会外の広汎な一般大衆的政治活動を意味するものと解釈されるべきであつて、結局本項は社会民主主義者の主張する議会万能主義の誤りを主張し国会外の広汎な大衆的政治活動の必要を主張するけれども、尚併せて民族抑圧の鉄鎖を断ち切る斗争の場として、国会の存在理由を強調しているものと解すべきである。次に第二節を検討するに、第一項乃至第三項において、「今や総選挙という反動勢力に対する反撃の好機が到来したが、今次選挙においては必ず国会からソ同盟やアジヤ諸国に敵対する売国勢力を一掃しなければならない。そして国会に送られた多数の愛国者の力によつて国会本来の機能と任務から離れた現在の民族抑圧の作用をまひせしめ、そして国会を足がかりとして売国支配者共の支配を弱めなければならない。まことに今次の総選挙は日本がアメリカ帝国主義者の奴隷に甘んじ、そのソ同盟及びアジヤ諸国に対する戦争に協力する途をとるか、自ら日米反動勢力の支配から脱却して平和と独立の途をたどるかを決する重要な意義を有するものである。したがつて労働者農民諸君は社会民主主義者の宣伝にのつて国会を無視し選挙を無視することの誤りをおかすことなく真剣に選挙斗争を行うべく、中核自衛隊、抵抗自衛隊、パルチザンの諸君は大衆が公正な選挙をかちとるようにその線に沿うて真摯な斗争をしなければならない」とのべ、総選挙において、愛国者を多数国会に送り、日本の平和と独立を確保せよ、と鼓吹している。なお、前示各項において、前示のように、「中核自衛隊、抵抗自衛隊、パルチザンの諸君」というよびかけの言葉が記載されているけれども、右は単なるよびかけにすぎず、専ら「極力大衆が公正な選挙をかちとるように努力せよ」という趣旨のことを訴えているにすぎず、海野鑑定人のいう如く、これらのよびかけは一見物々しく感ぜられるかもしれないが抑々これらの実体については一般人は明確な認識を有せず、これらの呼びかけ文言の記載が本件文書中にあつたとしても、小泉鑑定人のいうが如く一般人が内乱に関連する社会不安感をばいだくものとは到底考えられない。続いて第四項第五項においては、「吉田内閣及びこれを支持する日本反動勢力の圧制にも拘らず、今や労働者は賃上げ斗争に、農民は米価引上げの斗争に、市民は重税と物価引下げの斗争にそれぞれ起ち上り、又ひろく民族資本家を含む国民大衆は、中、ソ両国の貿易を要求し、又青年層を中心とする国民は再軍備徴兵に反対し、アジヤ太平洋地域平和会議への参加を要求し、それぞれ起ち上つている。かような情勢の下に行われる今次総選挙は、国民のこれらの要求を抑圧している日米反動支配者達に対し行動を統一して斗うべき好機であり、行政協定両条約破棄と全面講和の締結、占領軍の撤退の諸要求を実現するための政治斗争の好機である」として総選挙の重要性を重ねて強調し、続く第六項においては、「すべての国民は今回の総選挙においては一致して斗い、左右両派社会党を撃破して民族解放民主統一戦線を躍進させて、国会を反動支配から独立せしめ、民族解放のための抵抗体としなければならない」とし、更に次の第七項第八項においては「武装して斗うことのみが勝利の大道え通ずるものである」とのべ、更に「そのための土台として次第に多くの大衆を糾合してこれを統一し目標に向つて前進する。ここに革命的な意義がある。而して我々の斗争の場所は職場、部落等日常生活をしている場所であつて、これらの場所で共同行動を展開し、これらの場所から国民を裏切る売国奴を排除しなければならない。この大衆の統一行動は極めて重要なものであつて、これによつてこそ国民大衆の目的とするところが達成される。現に昭和二十七年七月には、吉田首相が北海道におけるアメリカ駐留軍の演習地接収問題で北海道に渡ろうとした時、全道の炭鉱労働者を始め労働者、農民、市民等があげてデモや集会による圧力等の大衆行動によつてこれに反対したために、遂に吉田首相は渡道できなかつたのである」とのべて、大衆行動の重要性をといている。本項においては「武装して斗うことのみが勝利の大道へ導くものである」と一見不穏当な文言の記載があるけれども、抑々共産党の慣用語としての「武装」なる用語は、マルクス、レーニン主義の理論による武装、団体行動の団結による武装等と比喩的に汎称するばあいが極めて多いことは一般に公知の事実であるばかりでなく、本件文書に即して前後の文脈を検討するに、右の文言は前項の総選挙の重要性を強調する旨の記載をうけているものであり、又本項につづく最後の部分においては「今次総選挙において愛国者を国会に送れ」と主張していることが認められ、したがつてここにいう武装はマルクス、レーニス主義の理論による武装又は団体行動の団結による武装を意味するものと解すべきであつて、もしこれを武器による武装という本来の意味に解するならば、前後全く矛盾撞着を免れず、ために思想的つながりがなくなることが明白である。又本項において「数百数千万の部隊に結集して前進する」との記載があるけれども、右の文言の如きも、前後の文脈に比照して前示「武装」と同様本来の意味を離れ、修飾的文言として使用されているものと解すべきであつて、右の文言をとらえて直ちに暴力的非合法的活動の謂なりと断ずることはできない。思うに近時の政治活動においては国民大衆の政治に関する知識竝に意欲が昂まり、議会外の一般国民の大衆活動、例えば同盟罷業、示威行進、集会、結社、出版、演説等が盛んになりつつあることは公知の事実であり、したがつて各職場各居住の場所において不断に激しい大衆の政治活動の行われることは政治意識の向上と共にむしろ当然に考えられることである。この故に本項においても前示のように「武装して斗う」「数百数千の部隊」の用語を直ちにここに大衆の暴力革命的統一行動の必要性を主張しているものと断ずることは到底困難である。以上のような認定を綜合すれば、本件文書は結局「昭和二十七年十月に行われた総選挙に際し、日本共産党の立候補者又はその同調者たる多数の愛国者を国会に送つて反動勢力と斗うとともに、議会外においても広汎な大衆活動をまきおこして大衆の中においてもこれら反動勢力を粉砕しなければならない」旨を主張しているものであつて、鑑定人海野普吉、同中村哲、同羽仁五郎の正当に指摘するごとく、本件文書は選挙に関する宣伝文書であり、とくにその随所において日本共産党の主張を支持し、又これを礼讃する文言の記載のある事実に徴すれば、日本共産党員又はこれに同調する候補者を支持し、これらの候補者に投票すべきことの正当性、必要性を主張したものであることは疑いもなく明かであり、検察官主張のごとく、その内容が全体的にも部分的にも内乱の正当性、必要性を主張しているものとは到底認めることができない。而して本件文書頒布当時及びその前後の我国の治安状況を概観するに、昭和二十七年五月一日には所謂皇居前広場騒擾事件が起り、且つその前後において、各地に所謂火焔ビン事件が惹起され、これらの事件が真実日本共産党員と関係ありしや否や又これありとせば如何なる程度であつたかは勿論明白でないけれども、これらの事件はいずれも日本共産党の過激分子の行動によるものであると一般に信ぜられていたものであるが、昭和二十七年七月四日附コミンフオルム機関紙「恒久平和と人民民主主義のために」に掲載された日本共産党徳田書記長名義の日本共産党創立三十週年記念論文の記載において民衆の信頼に根ざしていない行過ぎた斗争方法をいましめ、且国会における斗争の重要性を強調されるや、これを契機として前示の所謂火焔ビン事件の如き暴力事件は次第にその数が減少し、殊に本件総選挙当時は殆んどその影を潜め、少くとも、表面的にせよ前示五月一日前後頃よりは社会的落着をとりもどした状態にあつたことは海野、羽仁両鑑定人の指摘するとおり公知の事実であつて、叙上のように国内の政治情勢がむしろ相対的且表面的であるとしても、一応社会的平静を回復した情勢下にあつた昭和二十七年九月頃において、本件文書が頒布されたものであることを思えば、本件文書の意義についての前示認定は、その頒布当時の社会情勢を基準とするも尚正しいものといわなければならない。尚押収にかかる一九五二年(昭和二十七年)九月七日附札幌市北二条東三丁目日本共産党北海道地方委員会発行名義の北海新報再刊四号(昭和二十八年領第十四号検第七十号)によれば、右新報の表面に、日本共産党札幌委員会、小樽委員会の共同声明として「総選挙を売国自由党粉砕の一大決戦場に」との見出しの下に、「平和と愛国の統一選挙斗争を提唱する」旨の論文の記載、「選挙への声」なる見出しの記載、欄外の「破防法に賛成した者を一人も国会に出すな!平和の戦士を国会へ送れ」との記載、及び日本共産党員杉之原舜一の写真を掲載し、同人の参議院議員立候補を広告している記載等があり、右北海新報が日本共産党北海道地方委員会の機関紙であつて、当時施行の総選挙のための選挙宣伝を目的として発行されたものであること疑いないのであるが、右新報の表面に「総選挙に際し日本国民に告ぐ、自由日本放送」と題し、「八千万国民の運命を決し世界平和のカギをにぎる重大な総選挙にあたり自由日本放送は八月三十日「日本国民に告ぐ」というアツピールを発表した、以下はその全文である」と記載し、本件文書とその内容において全く同一と認められる文言が記載され、ただ第一節の冒頭に「すべてを吉田自由党打倒え」、又第二節の冒頭に「地域の大衆行動でペテン師左右社会党を葬れ」との見出しを附加した文書が掲載されている事実にかんがみる時は、本件ビラは総選挙において、これを日本共産党に有利に展開するための宣伝活動の一環として頒布されたものであることが窺われ、かかる事実に徴すれば、本件文書の記載内容及びその性格が決して検察官の主張するごとく、内乱の正当性必要性を主張した所謂不穏文書ではなく、むしろ右総選挙に当り、日本共産党の立候補者及びこれに同調する立候補者を支持すべき旨を主張した選挙のための宣伝文書であることが益々明白であるといわざるを得ない。

又検察官は本件文書は所謂革命的議会主義をもととして内乱の正当性必要性を主張しているものであるというけれども、その所謂革命的議会主義なるものは検察官主張の如く公知のものとは認めがたく、仮りに明白なものであるとしても、それは少くとも現在の政治機構における国会の必要及びその存在理由を充分に認めるものと解すべきであつて、本件文書がその本旨において昭和二十七年十月施行の総選挙に当り専らその選挙に全力を注ぐべき旨を強調した選挙のための宣伝文書であることは前記認定の如く明かであるからこれを目して直ちに内乱の正当性、必要性を主張するものと断ずることはできない。

次に検察官は、被告人両名が本件文書の頒布をなすに当つては、内乱を実行させる目的意思を有していたものであると主張しているので更にこの点について審究することとする。思うに破壊活動防止法第三十八条第二項第二号の文書図画等頒布罪はその性質宣伝罪なることは前叙のとおりであるが故に、本罪における目的意思の内容としては、検察官主張の如く将来において全国的規模又は相当広範囲な地域に亘り相当多数の大衆をかりたてて内乱を実行させるという程度の認識があれば足りるものというべきであつて、弁護人主張のごとく内乱の実行について具体的な行為の分担、実行の日時、場所等の点についてまでも認識する必要はないというべきである。仍つて果して被告人両名にかかる目的意思があつたかどうかについて検討するに、先ず、検察官は(イ)我国に武力革命方式をとる非公然な全国的組織が存在し、(ロ)日本共産党がこれと密接な関係をもつていることを主張し、(ハ)更に被告人両名は日本共産党員として活発な党活動をしていたことを主張し、結論として、被告人両名は本件文書頒布当時内乱を実行させる目的意思を有していたとの主張をなしているけれども、検察官の全立証によるも被告人両名が本件文書頒布当時検察官主張の如き内乱を実行させる目的意思を有していた事実を具体的に確認することができない。のみならず証人宇野実、同仁礼行好の各証言、受命裁判官の証人島村正義に対する尋問調書、及び北海道白糠郡白糠町選挙管理委員会委員長、竝に北海道選挙管理委員会釧路国支所長各作成名義の回答書の各記載に被告人等の当公判廷の供述を綜合すれば、昭和二十七年八月下旬、国会が解散せられ、同年九月一日衆議院議員総選挙施行の告示がなされて投票日は同年十月一日と決定せられたが、右衆議院議員総選挙当時北海道第五区(釧路市、帯広市、北見市、網走市、十勝支庁管内、釧路国支庁管内、根室支庁管内、網走支庁管内)においては、同年九月五日日本共産党の公認立候補者として日光福治がその立候補届出をなし、被告人両名は右日光候補の選挙運動者としてその選挙運動に奔走していた事実、並に同年九月二十五日、北海道白糠郡白糠町においても町会議員の補欠選挙施行の告示がなされ、その投票日は同年十月五日と定められ、当時白糠町に居住していた被告人島村は即日自ら前示白糠町町会議員選挙に立候補してその届出をなし、そのための選挙運動をもなしていたものである事実が明かに認められ、而も領置にかかる一九五二年(昭和二十七年)七月十五日「アカハタ」(昭和二十八年領第十四号検第八十八号)所載の日本共産党徳田書記長名義の「日本国民の独立、平和と自由のために」と題する論文、日本共産党中央指導部名義の「当面の斗争の重点」と題する論文の各記載によれば、いずれも当時の日本共産党の党活動の方針として、選挙や国会を無視することのあやまりなるをいましめ選挙に全力を注ぐべきことが強調されていることが明白であつて、この事実に被告人等の当公判廷の供述を綜合すれば、被告人両名において前叙認定のとおり本件文書を頒布したのは、検察官の主張するごとく、「内乱を実行させる目的を以て」なしたのではなくして、専ら、当時激しく行われていた前示選挙戦をば日本共産党に有利に展開せんとする目的をもつて本件文書を頒布したものと断定しなければならない。

以上判示のとおり本件公訴事実は、いずれの点よりするも破壊活動防止法第三十八条第二項第二号に該当する証明がないことに帰するから刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をなすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽生田利朝 裁判官 橋本金弥 裁判官 小木曾茂)

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